「……はぁ……忍足くん、どこにいるのよ」
[ 君の呼ぶ声 ]
ゆっくりと屋上への階段を上がる。
なんだって忍足くんをあたしが捜さなきゃいけないのよ。
そりゃ、同じクラスよ?
そりゃ、隣の席でもあるわよ?
それなりに仲はいいわよ?
でもさ、六時限目サボったヤツをわざわざ捜す義理ってあるのかしら!
あたしだって眠かったのに!!!!
六時限目の国語の自習のプリントはすぐできちゃって、社会の宿題だってその時間にやっつけちゃったしで、
今日の夜は机なんかに向かわなくていいくらいスッキリしてしまった。
左隣りの幼馴染のジロちゃんは、英語の宿題をこなしていたのが見えた。
教室を見回すと、皆おのおの宿題を片付けてる。
古典の先生が出張だかで六時限目が自習になった。
もうすぐ試験だからの配慮か、与えられた古典の課題のプリントは10分やそこいらで終わっちゃうようなもの。
監視に来た先生は、研究室から電話が入ったらしくすぐに居なくなってしまった。
あたしは右隣りの席をうらめしく見た。
「あ〜…忍足のヤツ、うらやまC〜。タイミング良すぎじゃな〜い?」
身体を捻ってジロちゃんがあたしに話かけてきた。
「ね〜〜。ほーんとラッキーだよね。先生居ないし」
あたしは頬杖をついてため息をついた。
「この時間、オレもサボれば良かったって感じ。、課題終わった?」
「ん。終わったよ。宿題とかもやっちゃったしで、眠気と闘ってた……」
「マジ眠ぃ〜!こんなにあったかいとさ、今すぐ机に突っ伏したーい」
「あはは、イイ天気だもんね外。今日の屋上は気持ちよさそ」
ぽかぽかした空気は眠気を誘う。
窓の外を見上げると、雲ひとつない遠くまで透き通るように青い青い空。
白く透明な明るい光が、銀のアルミサッシを眩しく照らしている。
少しのざわめきは、心地いいホワイト・ノイズ。
五時限目は体育でたっぷり体を動かしたから余計に眠い。
あたしとジロちゃんは、先生がいないのをいいことにおしゃべりをして六時限目を乗り切った。
「おーい、今日試験前にミーティングやるってさ〜」
隣りのクラスの向日くんが入ってきて、ジロちゃんの机の前まで来た。
ポキポキと首を回しながらあたしはジロちゃんの頭をつついた。
あと数分、というところで彼は眠ってしまっていた。
「ジロちゃん、起きて。向日くん来たよ?」
「あ〜…う〜…、今起きる…」
もぞもぞと動くと、ようやく顔を上げた。
「あれぇ〜…がっくん?なんでいるの?」
「跡部がちょっとミーティングやるってことでレギュ集合〜」
「えーー!今日ゴミ出し当番……間に合わなくない?」
「大丈夫だよ、3時半からだし余裕くね?…って、侑士は?」
「「たぶん屋上……」」
ふたりして声を合わせて忍足くんの居るだろう居場所を声に出した。
「げーーー!あいつサボったのかよっズリー!!」
そこは突っ込みどころじゃないんだけど、納得できるのであえて突っ込まなかった。
「〜〜」
ジロちゃんが困ったような声であたしの腕を揺すった。
「〜〜」
向日くんも困ったような顔であたしを見つめていた。
「あーーーーーー!もうっ、捜しに行けばいいんでしょ!!」
そういういきさつで屋上の階段を昇っている。
昇りきったその先は、重たい鉄の扉。
ひやっとしたドアノブを回すと、目の前には青い空。
鼻を掠めるあたたかな春の風。
きょろきょろと辺りを見回す。
もちろん忍足くんがココにいるかどうか確信はないから。
保健室でサボるのもアリだからだ。
(屋上に居なきゃ、ジロちゃんにメールで保健室見てきてもらおう)
幸いゴミ当番だし、通るついでだろうし。
「……はぁ……忍足くん、どこにいるのよ」
視線をそわそわさせながら辺りを窺う。
ケータイの時間を気にしながらフェンス側から廻る。
「…?」
背後から声が聞こえた。
「……忍足くん?」
あたしは呟いて、給水塔の影に視線を落とす。
頭を影に置き、ブレザーを枕にしてたらしい。
「やっぱり、ココ居たんだ」
「なんでココにおんねん?」
「や、忍足くんを捜しにきたんだよ」
「え、なして?」
上半身を起こして、彼はぼんやりとあたしを見ていた。
寝ぼけているようだ。
忍足くんは「くぁ〜」とあくびをひとつすると眼鏡をずらして目を擦った。

「ジロちゃんと向日くんに頼まれて。あ、3時半からミーティングだって」
「ほんま?……試験前なのに熱心なやっちゃな、跡部のヤツ」
ん〜…調整かなんかかな?と呟くと、忍足くんはゆっくり立ち上がった。
ネクタイを触って、すこし緩めた。
「ゆっくり寝れた?」
あたしはこの羨ましい時間を有意義に過ごした同級生に、意地悪く妬みもこめて聞いてみた。
「あたりまえや〜。めっちゃぐっすり寝れたで」
彼はニヤ…と笑うと、手についた砂埃をパッパッと払いながら腕時計を見た。
「あ、もちょっとで時間やな、…………ん」
あたしもケータイで時間を確認する。3時19分。
帰宅部ならもう帰る時間。
「じゃぁ、伝えたから。忍足くん、またね」
にこりと顔の筋肉をゆるめると、あたしは手をひらひらさせて別れを告げ、屋上を後にしようとした。
「!」
呼ぶ声が聞こえた。あたしは振り返る。
「おおきに。自分もう帰るん?」
「そ。ちゃんとミーティングに遅刻しないで行ってよ?あたしの信用にかかわるでしょ」
忍足くんはその言葉に破顔すると、大股であたしに近づいてきた。
「じゃ、遅刻せんようと一緒いこ」

首をかしげてあたしを覗き込むと、ふわりと微笑んだ。
思わず硬直してしまった。
――――だって、こんな顔、初めて見たから。
いたずらめいた少年のようで、心を動揺させるような大人っぽい表情は。
(こんな顔、知らない……)
(急にそんなこと、しないでよ……)
「と、途中まで…だけど…ねっ」
どもってしまったのに気付かないで欲しい。
何に動じたのかに気付かないで欲しい。
顔が赤くなったのにも気付かないで欲しい。
「ん。途中までな」
並んでいるのが、ものすごく気恥ずかしくて、あたしはドアノブに手をかけた。
早く距離を少しでも開けたくて。
ガチャリと、金属の擦れる音と共にドアが開いた。
「」
頭のすぐ後ろであたしを呼ぶ声が聞こえた。
「え?」
あたしは目を見開いて振り返った。聞き間違いかと思って。
「明日も晴れなるといいな」
忍足くんが黒く艶やかな髪をかきあげながら視線を絡めると、あたしの瞳の先を空へ導いた。
青い空に、うっすら雲が浮かんでいた。
桜は咲き終わり、匂いやかで目に痛いほどの鮮やかな新緑の季節がやってきた。
「そう…だね」
ゆっくりとまばたきをすると、空の残照をやきつけて忍足くんが通るのを待った。
彼の匂いが通り過ぎると、あたしはドアを閉めた。
階段3段下に忍足くんは居て、少し笑って、
「ほな、行こか」
あたしが並ぶのを待ってから降り始めた。
並んで歩くだけなのに、
どうしてか緊張してしまって学園から出るまで無言でいた。
もうすぐ忍足くんと別れる分岐点。
あたしは帰路へ。
彼は部室へ。
ここで沈黙を破らないと、
「…ぁ「また明日な!」
「うん、また ね。忍足くん」
笑って、手を振る。
ちゃんと笑えてるといいけど。
ちゃんといつもどおりでいれてるといいけど。
忍足くんが手を振り返した。
それから、くるりと踵を返して、部室へ走っていった。
また明日、君を普通に呼べるかしら?
そう思いながら、あたしは空を見上げた。
すっかり橙色に染まった、春の残り香をかぎながら。
《終》2006.6.5
初夢変換…すこしでも楽しんでもらえたなら幸いです。
季節はずれっぽいよ、いや〜。
もどかしい二人が好きです。夢って楽しい・・・
(背景:自然いっぱいの素材集様)